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またまた逆戻り・・・

まだ暖かい・・・何と朝5時なのに15度もある。今の時間が最高温度で、段々下がり夕方の降雨時には、雪に(???)・・・そんな事はないだろうけど、今の時期三寒四温、油断はできませんね!

何時もの様に深夜便(NHKの深夜放送)を聞いていると、聞いたことのあるグループ≪影法師≫の名前が・・・5年目を迎える大震災に因んだ内容が。世界で歌われている、応援ソング「花は咲く」に違和感を感じ、≪花は咲けども≫(花は咲くのアンサーソング)を作り歌い続けていると・・・。早速UTで聞いてみた、吃驚・・・実に多くの人に聞かれ、またカバーもされている、当館でコンサートを開いた、ウーマン・オブザ・ワールドも英語版で歌っていた。

この影法師が山形放送で取り上げられ、第41回放送文化基金賞【ラジオ番組 [最優秀賞]】を受賞したとか・・・?
この番組で取り上げられた影法師の歌は、「花は咲けども」という作品である。NHKを中心に、「花は咲く」という歌が流されている。被害にあった人々への励ましの歌であり、美しい歌である。しかし、そこに偽善の匂い、アリバイ作りの匂いを感じ取る人もいる。本当に、被害を受けた人々の立場に立った歌なのか。その疑問から、「花は咲く」の返歌として、「花は咲けども」が作られた。
この歌の一番は言う。
 「原子の灰が降った町にも/変わらぬように春は訪れ/もぬけの殻の寂しい町で/それでも草木は花を咲かせる/花は咲けども花は咲けども/春をよろこぶ人はなし/毒を吐き出す土の上/うらめし、くやしと花は散る」
あの歌のように、花は咲いているけれども、それを見て春を喜ぶべき人がそこにはいないではないか、というのだ。福島の直接の被害者でもない自分たちが、それについて歌ってもいいのだろうかという、影法師の自問がある。そこで、福島から避難してきた人々にCDを聞いてもらう。この歌こそが自分たちの気持ちだと、福島から逃げてきた人々は言う。福島から逃げている人々には、さまざまな事情がある。たとえば、自主的に避難してお金をもらっていない人と、補償金をもらった人たちの間では、複雑な葛藤があって、自分たちの苦境を訴えられない仕組みが出来上がってしまっているらしい。水俣その他の補償金などで問題になった人間関係の絡み合いが、ここにも生まれている。部外者であるからこそ、声をあげられると思った、と影法師の人たちは言う。
二番はこのようである。
「異郷に追われた人のことなど/知ったことかと浮かれる東京/己の電気が招いた悲惨に/痛める胸さえ持ち合わせぬか/花は咲けども花は咲けども/春をよろこぶ人はなし/毒を吐き出す土の上/うらめし、くやしと花は散る」   
東京で暮らしている人間にとっては、耳の痛いことである。「花は咲く」は、東京の人間にとっての歌なのではないかと・・・。
三番は、言う。
「一年、三年 五年、十年/消えない毒に人は戻れず/ふるさとの花恋焦がれて/異郷で果てる日を待つのか/花は咲けども花は咲けども/春をよろこぶ人はなし/毒を吐き出す土の上/うらめし、くやしと花は散る」 
かつて福島にいた人々は、みなどこかに逃げていった。災害はこのまま永遠に続く。一時帰宅の明るい話題が取り上げられるけれど、また、あまり人は言わないけれど、実はたぶん、一生帰ることができない。帰りたくない土地になってしまった。

影法師は、山形県の南部、置賜地方に根付いた集団。白河以北一山百文、という言葉がある。明治維新のころ、薩長の官軍側が反官軍となった東北地方について、白河より北はほとんど価値のない土地であるとして、おとしめた言葉である。これを言った人は忘れているだろうけれど、言われた人々は執念深く覚えている。東北に住む人々にとって、反権力を標榜する逆のスローガンにもなっている。影法師も、この言葉から出発している。40年前に結成されてから、今まで、メンバーそれぞれが様々な経験を積んできているから、あの頃の単純な反体制ではありえない。しかし、都会の軽薄な風潮や無責任、自分勝手な思考には、頑強に抵抗する。毎日土に触れている人々の強さである
影法師という名のグループ(4人組)、ふだんは農業をしている。その忙しい合間を縫って、自分たちで歌を作り、自分たちで歌う。平均年齢は還暦を越えている。見かけに似合わず、音が美しく、若々しい。媒体も今風で、集会以外ではユーチューブを使って拡散させている。この番組は、ギャラクシー賞もとった。放送文化基金の審査会には、ギャラクシー賞の審査委員だったという人もいて、ギャラクシー賞のパーティにも、影法師が招かれて歌を披露したらしいのだが、会場がうるさくて、あまり聞けなかったという。この番組が最優秀賞に決まったあと、贈呈式にはぜひ影法師を呼んでほしい、あの時はちっとも聞けなくて残念だった、と言われた。ホテルオークラの贈呈式で彼らが舞台にあらわれた時には、一瞬どよめきが起こった。来場者は、スーツやワンピースに身を包んだ、現代日本の錚々たるエスタブリッシュメントたちである。その多くの視線の中、彼らは顔も腕も黒々と日焼けしている。指先はごっつい。どの人もプロの音楽家の風貌ではない。ところが、演奏が始まると、会場がたちどころに好意的になったことがわかる。彼らの音楽をとてもうれしそうに聞いているのだ。恐ろしく反体制的なメッセージであり、聞き手にとっての日常の業務とは全く対立する内容を含んでいるのかもしれない歌であるにもかかわらず、受け容れてしまっているのがわかる。みな、自分たちが若かったころの、恥多く、しかし気持ちが輝いていたころを思い出せたのだろう。

この影法師・・・10年位前か?当館でも、コンサートを開催したことがあり、今でも案内や便りが来る、律儀なグループである。
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